『認知をめぐる随想』

第23回日本認知療法・認知行動療法学会

第23回日本認知療法・認知行動療法学会が,2023年12月1日(金)~3日(日)の3日間,広島市において開催されました。

第1日の特別講演3「認知をめぐる随想」について公開します。

 

特別講演3:「認知をめぐる随想」 抄録

抄録

本学会の事務局長を退任するに当たり『認知療法News』第71号 (2017年) に「しんがりであること」と題した一文を掲載していただいた。数年を経過した今では周回遅れも甚だしく,気がつくと時流から遠く隔たってしまった。サイエンスともアートとも無縁の,独り言のようなこの講演では,本学会の設立 (2001年) に至る経緯を交え,以下の問いについて考えたい。
キーワードは認知である。併せてattachment (執着) を挙げておく。

第1の問い: Cognition をどう訳出するか?
認知療法とは cognitive therapy の訳である。かつて認識療法という訳語を当てた論文もあった。

第2の問い: 認知とは何か?
『認知療法への招待』 (1992年) では認知を「患者によって意識され自覚された思考や視覚的イメージ」「状況に対する意味づけ・解釈」と定義した。

第3の問い: 事例定式化 (case formulation) を可視化するには?
概念化図は上流から下流に至る状況・認知・感情・行動等の事象を図示する。連鎖図は始まりも終りもなく循環する事象の連鎖を示す。

第4の問い: 認知は行動なのか?
この問いは第1世代との出会いから生まれたものである。「行動・行動療法」と「認知・認知療法」の狭間を逍遥することになる。

第5の問い: 認知は“実在する”のか?
これは第3世代との出会いから生まれた問いである。認知の“実体視”が概念化図にはある。認知はひとつのカテゴリーとして“実在する”。うつ病が寛解すると,スキーマは検出不能となる。恒常性を有する“実体”としてのスキーマの存在を疑問視せざるを得ない。認知の非我(anātman)化,それがひとつの未来予想図である。

まとめにかえて:認知の杜へ
患者の体験する認知の杜への飽くことのない関心が私たちを導く糸である。

 

特別講演3:「認知をめぐる随想」 スライド

スライド(一部割愛)