西宮市医師会会報『談話室』(令和6年3月)
西宮市医師会会報『談話室』(令和6年3月)に掲載された拙文『語る・カタルシスの会』を公開します。
「『星の王子さま』の誕生:ニューヨークのサン=テグジュペリ」というNHKの番組を見終わって書架から取り出した内藤濯訳の岩波文庫には,「語る・カタルシスの会」の覚え書きに添えて,2022年7月から11月までの日付がありました。
「かんじんなことは,目に見えないんだよ」の一文は,この本を推薦した会員が朗読していました。
「語る・カタルシスの会」は第2回近畿認知療法・認知行動療法学会(2020年2月)の懇親会に集った近畿在住の有志5名から成っています。
席上,2018年5月からNHKカルチャー神戸教室の朗読サロンを受講していることを話しました 。
同年8月には第10回古典の日朗読コンテスト(京都)の課題作品『福翁自伝』に応募しました。9月早々に一次審査を通過することもなく,寸評が届きました。「いい感じで,福翁が出てきそうな気がしてきます」という評者の常套句に「いい気」になり,『伊曽保物語』『源氏物語』『方丈記』と毎年応募し,毎年門前払いを受け続けました。
他者評価に期待するのは断念し,朗読の会を自ら「起業?」することを決意したのです。
馴染みの面々を誘い,その場の思いつきで『語る・カタルシスの会』と命名しました。
2020年11月の読書週間に第1回例会がもたれました。朗読されたのは『デカメロン (ボッカッチョ著, 平川祐弘訳, 河出書房新社, 2012)』(2020年11月〜2021年1月)です。
時は主(しゅ)の御生誕(ごせいたん)1348年のことでございました。イタリアのいかなる都市に比べてもこよなく高貴な都市国家フィレンツェにあのペストという黒死病(こくしびょう)が発生いたしまた。
爾来隔月の例会はTeamsを用いたオンラインでの開催とし,時間枠は土曜日の午後5時30分から1時間程度にしています。
会員の読みたい本を,分担して順番に朗読する形をとり,2023年11月までに7作品を数えています 。
「こんな夢を見た」で始まる『夢十夜』(2021年3月〜5月)では,真白な百合が百年の過ぎたことを教えてくれたり(第一夜),負(おぶ)った子によって百年前の罪が暴かれたりします(第三夜)。
『ソクラテスの弁明』(2021年7月〜11月)は認知療法・認知行動療法に欠かせないソクラテス的対話 を知る意図で選択されました。
ソクラテス以上の賢者があるか,という問いに,デルフォイの巫女は,ソクラテス以上の賢者は一人もない,と答えます。その神託をきいたとき,ソクラテスは自問します。
神は一体何を意味し暗示するのであろうか,と。
苦心惨憺の末ようやくソクラテスは“神託探究法”に想到します。賢者の世評のある人をたずね,「見よ,この人こそ私よりも賢明である,しかるに汝は私を至賢であるといった」と主張し,神託に対する反証をあげようとしたのです。
「ゆく河の流れは絶えずして,しかももとの水にあらず」で始まる『方丈記』(2022年1月〜5月)は,鴨長明が「四十あまりの春秋を送れるあひだに」見た「世の不思議」が克明に列挙されます。
安元3(1177)年の大火,治承4(1180)年4月の辻風,同年6月の福原遷都,養和(1181〜82)の飢饉,元暦2(1185)年の大地震を記した後,「すべて世の中のありにくく,わが身と栖とのはかなくあだなるさま,またかくのごとし」と結びます。
『ロンドン留学日記』(2023年1月〜5月)にはビクトリア女王の死が書き残されています。
明治34(1901)年1月21日 女皇危篤の由にて衆庶皆眉をひそむ。
1月23日 昨夜6時半女皇死去す。…
漱石はその朝黒手袋を買った店の主人の言葉を引用しています。
“The new century has opened rather inauspiciously.”
目下は『草枕』(2023年7月〜)を読み継いでいます。
「語る・カタルシスの会」が音読から朗読の会に脱皮するのはだいぶ先のように思われます。
朗読の主人公は語り手でなく聴き手である,と朗読サロンでは教えられました。
[1] 作品一覧
ボッカッチョ『デカメロン』,夏目漱石『夢十夜』,プラトン『ソクラテスの弁明』,鴨長明『方丈記』,サン=テグジュペリ『星の王子さま』,夏目漱石『ロンドン留学日記』,夏目漱石『草枕』(継続中)